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さようなら、「田子倉駅」。

先日六十里越街道の再開通で只見町に行った際、個人的にショックな出来事がありました....

帰路の途中で立ち寄った只見町観光まちづくり協会(JR只見駅内)で、いつものように記念グッズを買い求めたところ、

なんと、只見駅のキーホルダー、仕様変更で「田子倉駅」の表示が消えたのです(´;ω;`)!

(未開封のキーホルダーは新しい仕様で、下のは旧仕様です)

 

そう!あの長年、福島県最果ての駅として君臨していた「田子倉駅」のことです。

(ちなみに、同駅が廃止されるまで、意外にも東北地方最西端の駅でした。)

ダム建設のため湖の底に沈んだ集落の名前を継承した同駅は、浅草岳をはじめとする奥只見の山々の登山口の近くにあり、一大拠点として登山者に重宝されていました。

それに加えて、六十里越雪わり街道の冬季通行止め期間が半年にも及ぶため、

春先の4月や晩秋の11月などは当駅周辺へのアクセス手段が只見線の列車のみとなっており、鉄道愛好家の間では「秘境駅」として知られています。

 

しかし、2013年3月のダイヤ改正で、臨時駅(冬季通過)だった田子倉駅の廃止が決めました。

私が仕事の関係で福島に来たのは、その直後の4月でした。

つまり、一人の乗客として、田子倉駅を利用したことがないまま、お別れを告げられました。

 

あれから5年もの間、「田子倉駅」の名前は鉄道関連グッズでのみ存続してきましたが、

いつか完全にその名前が消える「Xデー」が来ることを恐れ続けていました。

そして、その「Xデー」が唐突に来ました。

 

一人の移住者として、現役時代の田子倉駅の姿を知らずに、ぺらぺらと語るのはおかしいかもしれません。

しかし、一人でもいいので、このブログを見てくれた方が田子倉駅のこと知る、もしくは思い出すきっかけとなれれば、

田子倉駅は我々の心の中で存在し続けていけると思います。

大事だった在りし日よりも大事なのは、その名を忘れないことです。 

 
 

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