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忘却の「軽井沢銀山跡」

柳津町には「軽井沢」という地名があります。そこには、かつての銀鉱山とその製錬所跡があります。

シンボルマークは、一本の煙突です。

おっと、この画像では見られません。

最初この地に訪れたのは2年前の秋頃でしょうか。

きっかけは、カーナビに頼って最短ルートで走行中急に現れた「銀山」という表示に引かれたからです。

 

興味本位で入ってみたら、なんとそこは銀鉱山の跡でした!

戦国時代後期から明治時代中期にかけて採掘されていた日本屈指の銀山であり、江戸時代の飢饉による閉山の際などは会津藩が手厚く保護し、その後も藩の台所の一翼を担い続けました。

最盛期には、1000戸の家々が軒をつらね、郵便局や遊郭もあったそうです。。

 

そして、いつか読んだ記事によりますと、ここ軽井沢銀山が福島県内で一番早く電気が通った場所とのことです。

 

自分的一番気になるのは、やはり大煙突のことです。

クレーンの昇降機もなかった時代に、レンガを高さ25メートルまでどうやって積み上げたのでしょうか?

技術もさることながら、何事も必死にこなす職人の姿はここにあったに違いないです。

 

残念ながら、福島県の近代化を見守ってきた大煙突ですが、近年では劣化がかなり進んでいます。

2年前の写真です。高さの半分は風雪の浸食によって崩れ落ちていました。

今日撮影した写真では、煙突の基礎部分にもかなりの劣化が見られます。

このままだと、煙突の完全崩壊は不可避となってしまします....

軽井沢銀山跡のみならず、奥会津、そして福島県内各地では近代化遺産の指定を受けた個所がたくさんあります。

大煙突のようなシンボルマークさえ残っていれば、過去の面影を伺うことができます。

願わくば、軽井沢銀山跡の大煙突が一日も長く、この奥会津の地に佇めますように....

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