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【只見線シンポジウム】へ行って来ました。

第2回只見線シンポジウム只見線の新しい歴史を創る

2018年10月27日(土)金山町町民体育館にて、只見線のシンポジウムが開催されるとの事で出かけて来ました。

 

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紅葉シーズンに突入し、車窓からは只見川と赤や黄色の紅葉が、しっとり雨に濡れ、

皆さん窓に張り付くように、見入っていました。

夏の間は、そうでもなかった風景が色付き綺麗です。

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まだまだ、今年は11月からも色付き、もっと綺麗になるのでは?との事で、とても楽しみです。

 

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会場も最寄りである、会津中川駅では大半の方が下車し、同時開催の奥会津の新そばや、美味しいものが大集合する

『ごっつお祭り』の人気に少し驚きました。

 

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ただ、本数の少ない只見線、会津中川駅15:32発の会津若松行きの後は、

4時間近く列車が無く、19:14発で、しかも最終列車。

只見線シンポジウムを最後まで聞いて只見線を利用した場合、終了の16:45から、約2時間も待たなくてはならず、

バスもその時間の運行はなく、道の駅かねやまの営業時間も18:30までと、陽も落ち暗い中で途方に暮れる事となってしまいます。

近隣の会津中川温泉が唯一、20:00までの営業なのだけが救いです。

只見線利用者個人の立場から、只見線を利用しやすく改善される事を期待して、あえて書かせて頂きました。

 

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只見線利用者は、こちらの特典がありましたよ。

美味しそうな匂いの漂う屋外で「ごっつお」を頂き、只見線などの問題が出された奥会津クイズ王決定戦など楽しんだ後は、

いよいよ只見線シンポジウム。

 

この日はイベントが重なり来場者も少ないと言われていましたが、それでも続々と広い体育館の会場が埋まって行き、

椎名誠さんの人気と、只見線への関心の高さが伺えました。

 

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会場の一角には、郷土写真家、星賢孝さんのお写真が飾られ、

 

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奥会津トータルコーディネーターの清水愼一さんも、「賢孝さんの写真は良いですね」と、見入っていらっしゃいました。。

賢孝さんも、控室には入らず「講演を聞きたいから」と一般席のゴザの上に。

 

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町長、来賓の皆様の挨拶の後は、作家椎名誠さんのお話しに耳を傾けました。

「清水が湧いている感動を、分かち合いたいのに、地域の人は分かってくれない、星々が美しい地域に住んでいる人は、その贅沢に気が付いていない、氷河があるところの人は、氷河に感心が無い。」

旅行記のようなお話から、どう只見線に関係してくるのだろうと、聞き入っていると・・・

 

「ここは、自然が美しい。この美しい自然を守って行くのが、この地域の活性化だと思う」

「いちいち大事にしていった方が良い」と、力強く締めくくられました。

 

次に、三陸鉄道社長、中村一郎さん。

「三陸鉄道は震災で壊れた鉄道で、只見線との違いは国費100%で復旧してもらえたこと」

「JRがやっている時は大丈夫との雰囲気があったが、第三セクターになってからは、無くなれば生活に直結してしまうかも、との気持ちがあり、列車に手を振るのも地域の人が進んでやっている、失くして初めて気が付く事もあるし、それは震災で分かった事のひとつ」「わざわざ乗りに来る人がいて、単なる交通手段ではないので鉄道ファンの方達は有難い」

のような事を話され、企画列車など様々な取り組みを紹介されました。

 

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話しは反れますが・・

私が住んでいた岐阜市内は路面電車が走り、織田信長の岐阜城と、鵜飼で有名な長良川、それを背景にガタゴト走る、赤いチンチン電車が岐阜市の象徴でしたが、路面電車は廃止が決まり、あっという間にバスに置き換えられてしまいました。

 

電車を利用しなかった地元市民も、後からその価値に気がついたようですが、一度廃止されたら取り戻す事は出来ず・・

私も、廃止問題に無関心だった事を後悔している一人なので、縁があり沿線に住む事となった只見線に関しては、出来るだけ関わりたいと思っています。

 

話しを戻し・・

星賢孝さんは、様々な場所で発言されている通り、「雪の時期になると台湾の人達が大勢押し寄せて来る」こと、

「霧幻峡が全国的にも人気を呼んでいる」こと、「写真展と講演の開催を考えている」事などを話され、

「下の基盤は我々のものになるので、地元の企業でやって行きたい」と考えている事、沿線の整備の重要性や、現在その取り組みが行われている事などを話されました。

 

 

続いて

「臨時列車の長靴飛ばしの担当で、その後駆けつけた」と言う酒井治子さん。

 

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コーディネーターだけのお仕事かと思えば、只見駅で普通にお会いすることができ、嬉しい反面、とても多忙なのでは?と思うのですが・・

 

「父が保線区で只見小学校に通い、若松の高校で地元に帰る時はいつも只見線、震災時は二人目の子供を妊娠中で活動できなかった・・只見駅で働きたいと思い戻って来た」のような自己紹介から始まり、

 

「毎日沢山の電話での問い合わせが来る、以前は「代行バスはちゃんと走ってる?」のような問い合わせだったのが、最近は広域での、只見線に乗りたい人からの問い合わせに変わった」

「素敵な写真を見て、奥会津に来たいと思ってくれても、実際は冬通行止め、宿は連泊の人で一杯など、来たくても来れず矛盾してい現状で、地元の人達は当たり前に思っている事でも、広域から訪れる人には、情報は足りてないようで、正しい情報を発信して行きたい」

のような事を話されたのが、同じ情報発信をする立場から印象に残りました。

 

最後は、主催の《只見線のりのり倶楽部》の会長さん(下の画像右)の挨拶で締めくくり

 

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復興観光課長の坪井さん(左)と共に、お見送りをして頂きました。

 

翌日、休線区間を通りました。

 

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只見線の起工式の1日前、2018年6月14日に沿線住民となりましたが、わずか4か月の間に、

どんどん変化して行く只見線。

 

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水害前後を知らないので皆様のような深い想いには至らず《眠りから覚めた只見線》のように、私の眼には映っているのですが、

今後も関わり、見守って行けたらと思います。

 

 

 

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